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【大樹巻頭対談】

衆議院議員 自民党国土強靭化総合調査会会長 二階俊博

政治解説者 大樹総研参与・特別研究員  篠原文也

司会 大樹総研  矢島義也会長

危機管理時代!
この国は強靭化せねばならない。

矢島義也(以下、矢島) 2011年は「歳月流るる如し」。時の流れは、濁流のごとく感じる一年でしたが、2012年を直前にした現在、日本は、いまだ東日本大震災の復旧復興の渦中にあります。そして、閉塞感や厭世観すら漂う我が国には、震災復興という問題解決だけでなく、TPP(環太平洋戦略的経済協定)を含め、政治、経済、外交、新エネルギー政策と、問題は山積だと思います。そこで、今回は、経済産業大臣や運輸大臣など自民党政権での重職をご経験された二階俊博先生と、政治解説者として広くご活躍され、弊社大樹総研の参与・特別研究員である篠原文也先生にご登場をお願いし、日本がこの危機管理時代をどのように乗り越えるべきかを、熟練の先輩方お二人にお話をして頂きたく思います。それではよろしくお願いいたします。

篠原文也(以下、篠原) 3月11日の東日本大震災が発災して早いもので9か月になります。日本政府の対応にも、さまざまな批判が聞こえてきます。対応が遅すぎるとか、リーダーシップがないとか。全体として、対応が後手になった印象は拭えないと思いますが、ただ、千年に一回の大震災ですから、仮に自民党が政権を担っていたとしても、そんなにうまく運んだとは思えないし批判も起きただろうと思うんですね。政府の震災対応、復興対応を二階さんは、どう評価されていますか?

二階俊博(以下、二階)予想、予測を超えた大災害を受けたわけですから、災害復旧に対して、いろいろな批判が起きているのは当然のことです。それにしてもあまりにも遅い。瓦礫の処理なんてイロハのイだと思います。我々が現地を訪れて関係者から声を聞いたのが、もう久しく前のことですよ。瓦礫の山の前でみんなが立ちつくして、みなが「何とかならんのでしょうか」と嘆いていた。こういうものは、現地の市長とか知事とか公の方々の責任においてまずは撤去する。そして、どう復興に結び付けていくかということを協議する。やろうと思ったらできないことはないわけですよ。それを県だ、市だ、政府だなんて言っている間に、だんだんだんだん日が過ぎて、人々の心も次第に萎えてくるわけですよ。そういうことから言うと、もっと手際よくやるべきだと思いますよ。今日までのことはやむを得ないとしても、これからですよね。もうちょっと真剣な対応をしなければいかん。ただ残念ながら、この政権には、経験が不足していますよ。不足しすぎている。それでも、大臣が経験なくとも役所の中にその道一筋にきている人だっていっぱいいるんですよ。そういう人たちをちゃんと活用して働いてもらうことによって効果を上げていくということ、実は、いくらでも出来るわけです。それと、これは大事なことですが、大臣が万能ではないのですから、何もかもできるわけじゃない。だけど、それぞれのポジションの人が一生懸命やることによっての最終判断、最終責任を大臣が負えばいいわけです。ようやく予算も成立してこれからより一層具体化してというときですから、今までよりも少しはテンポは速くなると思いますが。

篠原 もっと人材を立場に関係なく登用すればよかったということですね。私から見ると、自民党を含めた野党のノウハウをもっと活用すべきじゃなかったかと思います。だって、今の民主党で1995年の阪神淡路大震災を政治家として経験した人って少ないんですよ。あれは当選7回以上の人しか経験していない。あの震災を経験したのは、圧倒的に自民党の方が多いんですよ。二階さんはあのとき確か新進党にいらっしゃった。

二階 そう新進党です。我々は当時の村山政権の対応が遅いと言っていました。私はあの朝、大阪のホテルで朝一番の新幹線に乗ろうと思っていたら地震に出くわしたんですよ。それはね、凄まじい揺れでした。急いで新幹線の駅に走ったら、新大阪の駅の天井が壊れていて、そこで1時間待ってもだめですかと尋ねても、しっかりした返事が無い。あきらめて伊丹空港へ走った。そしたら、みんな並んでいるだろうと思ったら係の人が「今日はおそらく予約している人はほとんど来られないと思う」と。「飛行機には乗れますよ」ということで東京へ出ました。東京へ来ると当時の新進党の政策決定機関であった「明日の内閣」で集まっていまして、私に直ちに現地に行ってもらいたいということで、そのまま全日空で岡山に飛んで、ヘリコプターをチャーターして現地に入ったんです。現場にいた人は別として、東京から行った人では一番乗りでした。岡山で江田五月先生にお願いして、消防団でユニフォームや長靴を用意してもらって、現地に飛んだことを覚えています。やっぱり行動が先、現場で判断することが大事ですね。

篠原 その話は当時の新進党の関係者や、この11月5日に亡くなられた西岡武夫前参議院議長からよく聞かされました。あの時の二階さんの行動力はすごいと、いまだに語り草になっていますよ。

二階 ヘリコプターで飛んでいる時にも西岡さんと電話で話したことを覚えています。非常に惜しい大先輩を亡くしました。災害時には、「非常災害対策本部」と「緊急災害対策本部」がありますが、あの時は、本当は「緊急災害対策本部」を設置すべき事案だったわけですよ。というのは、「緊急災害対策本部」は、総理大臣のところへ全ての権限が集まって、総理大臣の指示で何でもできるというのが法律の示しているところなんですね。それをなぜか村山連立政権はやらなかったんです。やっぱり後手になりました。今度の場合、政府は、「緊急災害対策本部」を早く設置しました。誰も語りませんが、大事なことであったと、評価できると思います。いいことはいいというべきです。

篠原 今回の大震災、お亡くなりになった方と行方不明者が合わせて2万人近くになりましたが、地震だけではこうはならなかった。やっぱり津波ですよね。被害が大きくなる原因になった。そこで津波の話に入ります。二階さんは去年から津波対策の重要性をしきりに説いて法案も出されて、やっと今年の6月17日に議員立法で「津波対策の推進に関する法案」が成立しました。そして、11月5日を「津波防災の日」
とすることになった。なぜ、11月5日になったかと言うと、それは、安政元年、1854年の旧暦の11月5日に起きた安政南海地震に由来するんです。その日、紀州有田郡湯浅廣村(現在の和歌山県有田郡広川町)に住む庄屋の浜口梧陵が、地震で津波が襲ってくると予感し、収穫した大切な稲むらに火を放ち、多くの村人を救ったという実話がある。この話は「稲むらの火」という話で、ちょっと前の世代はみんな教科書で知っている話です。この話に関係して、最近、東日本大震災の3月11日を記念日にすべきじゃないかという議論が一部に出ているけども、私はとんでもない話だと思っているんです。3月11日というのは、東日本が被害を受けて悲しんだ日です。それに対して、11月5日というのは、浜口梧陵さんが、みんなを助けた日なんです。実に前向きの日なんです。

二階 朝日新聞が「余滴」で書いていましたけどね。これは問題になりませんよ。朝日新聞ができたばっかりの法律の改正を社説で主張されている。あの法案はね、衆参ともに全会一致なんですよ。その法律を朝日新聞がどんな立場にあるのか知りませんが、直ちに改正すべきなんて笑止千万です。

篠原 二階さんは、津波の専門家ですが、この津波法案の背景と意義を改めて語っていただけますか?

二階 津波というのは、みんなで考え、みんなで自覚して、みんなで対策を講じて、津波が襲来するだろうとなった場合に、直ちに逃げなきゃしょうがないんですよ。逃げる以外に助かる道は無い。今度の場合もこの議論を重ねている最中に東日本大震災に日本は襲われてしまった。私の真意はね、法律でみんなが逃げなきゃいけないということをきっちり自覚させなければいけないと考えたことなんです。昨年の2月にチリ津波が押し寄せてきました。自民党はたまたまその日に全国一斉の街頭演説をしましょうということで、私も紀伊半島の南からずっと北に向かって街頭演説をしていました。そうしたら、町長や市長たちが役場に集まって協議しているというんです。知事も県庁に出てきているということで電話をかけた。どういう風にするのですかっていったら、「低いところに住んでいる人は高いところに逃げるようにあらゆる手段で通報する」と言われるんです。私は街頭演説を短くして、みんなに直ちに逃げてください、避難を進めることを訴えたんです。でも、逃げる気配がほとんど無いんです。過去の経験等に照らして、こんなところまで津波は来ないよと。我々のところへ押し寄せてくるわけがない。そんな判断でみんな逃げない。その時私は、これこそは法律を作ってきっちりしなければ駄目だなと思いました。翌日、急いで東京に戻って、同志に五人集まってもらって法律をつくらなければならない、協力してくれないかと言ったらみんな「大事なことだ」と言ってくれて、その日から立法措置に取り組んだわけです。

矢島 こうした迅速な危機管理意識、危機管理対応というものは、震災だけでなく、経済や外交面でも非常に生きてきますね。ひとつ先を考えて動くという運動神経が日本に求められている。

二階 おっしゃる通り。これは運動神経でもある。野球で言うタッチアップ。外野へボールが上がった瞬間に、次の動作が出来ていなければ試合になりませんよね。

篠原 私は、学校教育の現場で防災教育、これを徹底的にやるべきだと思っているんです。同時に役所、学校当局の役割も重要です。危機管理の対応というのは、何も津波だけじゃなくて、あらゆる災害に対して求められている。

二階 おっしゃる通り。

篠原 例えば、震災時の学校の対応です。学校というのは、国公立と私立があるが、役所は、何かあると公立の方に目が向きがちになるんです。ある意味、公立は恵まれているんです。小学校の場合、公立は歩いていける範囲にほとんどの生徒がいる。国私立の小学生の場合、電車で通って来る子たちが多い。現に3.11の時は、私の小学生の娘は、電車に乗っている時に地震にあったんですよ。学校によって状況が違うんです。この機をチャンスに、子どもたちに防災意識をしっかりと植え込むとともに、役所、学校の側も一律でなく、きめ細かい対応を考えておいてほしいですね。

二階 子どもは敏感ですからね。教えれば素直に順応できるわけですよ。3.11でも小中学生はほとんど助かっています。先日、先ほどお話がでた「稲むらの火」で有名な和歌山の広川町に行ってたんですが、そこにお宮があるんです。そのお宮の裏山に、この頃子どもの声がしきりに聞こえるようになったって宮司がおっしゃっていた。学校の先生が、子どもたちを連れて山へ逃げる訓練をしているんです。紀三井寺という有名なお寺でも、裏山によく小中学生が来るそうです。もし夜間に災害に遭遇した場合、昼間に練習しておかないとわからないですよ。道が整備されているわけではないから。

篠原 これから復旧復興、将来に向けて様々な課題があるんですが、その中で二階さんは自民党の「国土強靭化総合調査会長」になりました。実にタイムリーな人事だと思うんですね。二階さんは、国土行政に関して、知見も経験もある。これから会長としてどういうところに力を入れるのでしょうか。もちろん、防災面も含めてですが。

二階 私は国土強靭化というのは名前も難しいし、指名された時にどうなるかと思ったんですが、国土を強くするということは、極めて大事なことで、誰かがやらなければいけない。それで、まずは、柔軟に、謙虚に、多くの人の声を聞いていこうと。通常学者だとか評論家だとかいろんな経験者の声を聞く、これはこれで大事なことだけども、イロハのイ、次は何が大事かということについて、広く多くの人の声を聞こうと思っている。その声をまとめて、みんなでやろうという気持ちになることが大事。そうしないと、それは絵に描いた餅になりますから。しっかりとした対応をとると同時に多くの皆さんの共感を呼ぶものにしようと。今勉強をやっているところです。いろいろな方の御意見を聞いております。

篠原 防災面の対応がまず第一でしょうが、それと同時に、あるいはそれ以上に、道路を始めとした国土全体をもう一度洗って、これから将来に向けて、国土をどう再構築していったらいいか、といった大きなビジョンを打ち出してほしいものです。民主党政権は、公共事業をバタバタ削ってきたわけですが、それで内需拡大による経済成長ができるのか。そういうところにも切り込むということですね。

二階 そういうことです。実行していくためには相当の時間を要するわけですけど、これを早くやらなければいけない。当面問題の震災・災害復旧、まさに強靭な国土建設のためにどうあるべきか、そういうテーマをこなしていって、それが一つ底流にあるとすれば、三層建てくらいにして考えをまとめていかないと。かなり気持ちの上では焦っています。

篠原 これは、来年度の予算編成にも反映させるんですか。いずれ衆議院の解散総選挙があるわけで、目玉政策という意味もあると思いますが。

二階 我々の側から目玉というのは僭越だけれど、目玉と言われる政策にしていきたいというメンバーの意気込みです。

篠原 それにしても、国土強靭化総合調査会は、自民党の重量級を顧問に据え、自民党の総力を結集したオール自民党のような調査会ですね。

二階 我々の仲間の力、ここでは先輩も中堅も若手も力を出し惜しみする時ではないと思うんですよ。ここは思いきって頑張っていかなきゃいけない。そういうときですから。派閥だとか議員の経歴とかそんなものにとらわれるんじゃなくて、やる気のある人にどんどん協力してもらおうと。幸い私の思っていた以上に協力をしてくれる人は多いですよ。

篠原 「道路族の復活」だとか言う人もいます。二階さんが道路族のドンと言われていたから、そういう声も出るんでしょうが。

二階 それは浅はかな話で、このままでいいのかと。このままの政治でいいのかということを言えば、おのずから答えは出てきますよ。

篠原 この辺で、現在の民主党政権についてご意見を頂きたい。この政権には、何が足りないのでしょうか。

二階 失礼な言い方かもしれないけれど、経験が足りないですよね。「コンクリートから人へ」なんて、まったく寝言ですよ。この大災害を次々に受けた今日でも言えますかと言いたい。我々の地元の紀伊半島でも、今度の台風で土砂は、東京ドーム100杯近くの土砂が流れたわけですよ。この状態で「コンクリートから人へ」なんてことを言って何か解決策になれますかと。キャッチフレーズで政治は出来ない。そこはやっぱり毅然としてやっていかないといけない。

篠原 民主党政権の方も修正はしていますけどね。

二階 微修正ではダメですよ。総理や閣僚は、紀伊半島がやられたというので視察に来ますよね。これは例え話ですが、プロ野球でね、有能な選手を見て、「あの人は何か持っている」と言いますね。何かがあるから実力もあると。しかしね、災害の現場という所に、「何も持っていない人」に災害の忙しい現場に来てもらってもしょうがないと思いますね。紀伊半島の高速道路は要らないなんて触れまわった人たちが民主党の幹部にいましたが、いまその道路のおかげで自衛隊もスムーズに入ってこられた。消防車も救急車も移動できる。この道路は役立ったと住民の誰もが言うわけです。それを、無駄な公共事業だとか、コンクリートから人へって今日も言っておられますかとね。

矢島 さて、今回の震災の場合、津波だけでなく原発事故という大きな問題がありました。原発事故というものは「目に見えない」不安が福島を中心にある。二階先生は、今回の原発事故について、これから非常に時間のかかる問題だと思いますが、いかがお考えでしょうか。

二階 これは30年かかるという人もいます。私はそこまでかからないと思いますが、今回の災害での一番大きな問題ですよね。確かに時間はかかるでしょう。そして、原発で言えば、福島の方々の気持ちも考えねばならない。今、非常に不安であろうと思いますね。

篠原 二階さんは、ヒマワリや菜種を植える運動の先頭に立っていると聞いています。

二階 ヒマワリとか菜種は、ある程度のセシウムを吸収するであろうと言われているんですが、私が取り組んでいるのはそれだけじゃない。ヒマワリの花というのは、大きいのは直径10センチにもなる。人々が元気を失っている時に、そんな大きな花をあちこちに咲かせることによってみんなの気持ちが明るくなるのではないかと思ったからです。ある幼稚園の園長さんから「うちの園に植えているヒマワリを見に来い」と言われて見に行きました。私は背丈よりはるかに高い大きな黄色の花を見てヒマワリの効用を改めて感じました。そういうこともあって、10万袋のヒマワリの種を、千葉のアタリヤ農園という種屋さんから寄付してもらったんですよ。そのあと今度は、菜種の季節だというので、今、菜種をやっています。それ自体は小さい運動かもしれませんが、みんなの心を元気にしたい、その一心です。

篠原 閉塞感を柔らげるうえで、こうした地道な活動は大事だと思いますよ。除染だってどこまで本当に出来るのかとみんな不安だし、気分が滅入っていると思いますね。

矢島 これは政府のPRの仕方にも問題があると思うんです。広報的なお話をさせて頂くと、政府は情報を「伝える」ことが適切にできていない。大事なことは、単に「伝える」だけでなく、情報が正しく「伝わる」ことなんですね。正しく伝わってないから不安になる。特に原発事故に関しては、目に見えない事故ゆえ不安が増殖してしまうんですね。それに、国民から見れば、日本のこれからの指針が見えていないし。

篠原 確かに、今後の日本のエネルギー政策のあり方は議論のあるところです。脱原発、縮原発とかいろんな言葉が飛び交っていますが、私は、結局エネルギーのミックスしかないと思っています。科学技術の発展が原発を生んで、ここまで来た以上、それを人為的に制御することは不可能だと思います。科学技術の問題は、科学技術で解決するしかない。原発を全面的に廃止するのは無理だと思う。かといって、今までのように原発に依存するわけにはいかない。だからエネルギーミックスなんですが、代替エネルギー、再生可能エネルギーというのは時間がかかりますね。

二階 おっしゃる通りで、具体化していくのは容易ではない。容易でなくともやらなければしょうがないです。そもそも日本のエネルギー不足は、原子力によって補っていくというのは国全体の方針であったはずです。しかし、別の方法や考え方もしなければならない。私は経産省でエネルギーを担当した時代がありますから、最後は再生可能エネルギーをどうするかでいろいろやってみました。「新エネルギーパーク」を全国に33か所作ってそれぞれの地域が一つのことでなくてもいい、こんなエネルギーもこんなのもということで考えて作るわけです。近年、メタンハイドレートというものが、石油・天然ガスに代わる次世代資源として脚光を浴びていますが、実は、無限に等しいほどあるわけですよね。紀伊半島の熊野灘で百年分くらい埋蔵しているというので、本当ですかと聞いたら、二百年だという。今地方の皆さんも代替エネルギーについては大変強い関心を持っておられますから、今がチャンスだと思うんですよ。民主党の皆さんも大変御熱心で、一緒になってやろうということで民主党や自民党が中心となって他の政党に呼びかけて「地熱発電」の議員連盟も出来ているんですよ。民主党の方から福島の増子輝彦参議院議員、彼は、経済産業省の前副大臣ですが、私とふたりで共同代表になって議員連盟が出来ているんですよ。突っ張り合っている民主と自民の共同代表ですから話が速い。今度早速、福島でシンポジウムを開きます。

篠原 地熱発電も確かに有望ですね。ただ、旅館なんかが温泉の権利を持っていて、それが吸い取られては困るとか、そういう利害調整はあるようですね。

二階 そこは誤解の無いようによく理解いただけるような話にして進めていくというのが大切ではないかと思います。

矢島 地熱発電に関しては、全国の自治体にも推進派は多いと思いますね。
静岡県の川勝知事等も推進派だと思います。

二階 地熱のことは今から40年も前に熱心な提唱者もいましたが、その頃は変わったことを言っているなという感じでしたけどね。鹿児島の故・床次徳二元衆議院議員も熱心におっしゃっていました。

篠原 原発事故の風評被害で、訪日外国人の数が減り、各国に農産物の輸入規制をかけられているのも大きな問題です。輸入規制は緩和されつつあるものの、依然残っています。訪日外国人の方も、一時よりは回復していますが、まだ前年の数には届いていません。二階さんは、観光政策のエキスパートでもありますが、何か解決策はお持ちですか。

二階 先ほどの福島県なんかは、中国や韓国から渡航禁止区域に指定されています。それをいかにして関係国に理解、納得させることが出来るかが重要です。佐藤福島県知事とは旧知の仲ですから、目下知恵を絞っています。私はまず日本側から中国や韓国に向けてチャーター便を出す。そして、両国からも共にチャーター機を出していただく努力をする。来年は日中国交40周年で一大イベントが計画されようとしています。韓国でも来年五月に麗水万国博覧会が開かれますが、日本から多くの観光客が訪れることを期待しています。日・中・韓で観光交流のトライアングルをしっかり形成する時です。原発の風評被害を一日も早く払しょくする努力を、政府が懸命に取り組むべきです。民間の皆さんも必死になって頑張っています。ここは政府間交渉に大いに期待したいと思う。

篠原 最後になりますが、今回の大震災を踏まえてトップリーダーのあり方が問われてきていると思います。リーダーというのは時代がつくるというのが私の持論です。その時代がどういうリーダーを求めるのかです。最大の要素は、国民から信頼されるかどうかです。特に危機の時に試される。その面では、前総理は、国民から見て信頼感に乏しかったと思うんですね。福島原発に視察に行ったことが良かったとか悪かったとか、そのためにベントが遅れたとか、いろいろ批判を受けました。実際のところはよく分からないのですが、そういう批判が出ること自体、信頼感の欠如の表れです。ちなみに、福田康夫総理の時に岩手宮城内陸地震というのがありました。周りの人間は、福田さんにすぐに現地に行くべきだと進言したが、福田さんが頑として首を縦に振らなかった。今俺が行ったって足手まといになるだけだ。実質的にやれることをまずやれということで指示だけはボンボン出した。現地に行くようなパフォーマンスは一切やらなかった。当時の現地にいた自民党の議員から聞いたんですが、この指示がまた的確で、現場にストンストンと落ちてきたというんです。リーダーのタイプというのはいろいろあると思うけども、これもひとつのリーダーの姿だと思いますが、二階さんは、どう思われますか。

二階 確かに、経験の少ないリーダーは現地に入って色々やりたいのだけども、これをやると現場では邪魔になる場合がある。僕もいくつか経験あるけど、北海道で鉄道事故が発生した時に運輸大臣だった。たまたま観光の行事で「北海道の観光を考える百人委員会」で行った時でした。北海道開発局とか北海道開発庁の幹部が現地に行く準備はしてありますっていうから、行かないと。その代わり君たちはここにいなくていいから、みんな現地に行ってあげてくださいと指示したんです。私は現地に行きませんでした。もうひとつは、有珠山の噴火の時は運輸大臣と北海道開発庁長官だったんですが、たまたまヘリで上空に差し掛かった時に火山が爆発したんです。瀬島龍三さんに叱られました。大臣が乱暴なことをなさるなって。そうじゃなくて、たまたま現地を見に行ったんですよ。そうしたら有珠山の頂上で爆発した。運の問題です。当時の気象庁は、これをギネスブックへ出したいと。担当大臣が爆発10分以内に現地に到達したって言うのは世界中に例が無いと言われました。そんなことしちゃいかんって言いましたけどね。(笑)

篠原 菅さんの話でもう一つ。私は四月にボランティアの一員として石巻市での炊き出しの手伝いに行ったんですが、たまたま菅さんが震災一カ月ということで前回に石巻を訪れていたんです。そこで現地の自治体関係者に視察の模様を聞いたんですが、彼らはこう言いました。「人手をとられ、はっきり言って迷惑でした」と(笑)。さて、野田総理は、安全運転、慎重な言動、低姿勢が目立っています。しかし、これからトップは震災の復旧復興、原子力事故の収束、新成長戦略作り、来年度予算編成・税制改正、TPPの参加問題、消費税率の引き上げ、普天間問題など、胆力と実行力が試される。課題が目白押しです。

二階 問題山積です。いかに解決するか国民から注目を浴びていると思います。

篠原 TPP問題はどう思いますか。

二階 我々は当然WTO(世界貿易機関)を推進する立場だったわけです。そういう立場にあったものが、TPPの問題などに先頭を切って反対の旗を振るわけにはいかないという自制はあります。しかし同時にやりかけたら後戻りできないんだから、ここは慎重の上にも慎重にやっていくという姿勢があっていいんじゃないかという思いもあります。

篠原 私はTPPは参加しなくて済むのなら、参加しない方がいいと思うんです。だけど参加せずに済まないというのが今の日本の置かれた立場です。どう日本が主導権を持ってこれに関わっていくかということがしっかり出来ていればいいんですよ。ところが農業対策にしても今からやろうというんでしょ。こんなの遅すぎるんですよ。何年前から農業対策しておいてTPPをやろうというのならわかるけど、同時にやろうとしているでしょ。こんなのできるわけない。韓国でもイ・ミョンバク政権が米韓のFTAで議会の抵抗を浴びているようですが、既にノ・ムヒョン大統領の時に農家の激しい反発をなんとか抑えて農業改革を進め今日の路線を引いているんですよ。そのかわり自分たちで自給できないものは海外に農地を買って逆輸入するようなことまでやっている。日本はこれから一緒にやりましょうって言うんだから。

二階 農業が大事なことは言を必要としない。しかしそのために新しい時代の日本農業をどうするかということに対して、思い切った対策を講じなければならないと同時にその中身は農業が希望が持てるようなものにするべきですね。つまり、農家の皆さんの生活に迷惑を及ぼさないようにどうすればいいかということです。日本という国は、例えば、果物でもなんでも世界一でしょ。それは他の追随を許さない。これをもっともっと高めていくこと。例えば、私は、以前、経産省の廊下で農場工場を作ったことがあった。ただそれじゃ閣内対立の火種を作るようなもんだから(笑)、石破農林大臣と鳩山総務大臣と一緒にテープカットしようということになった。役所の中にそれを設置したら、外国の閣僚なんかでそれを見て自分の国ですでにもうやっている人もいます。そんなことからすると我々も逡巡している時ではなくて、しっかりした対策をやるべきだと思います。そのために自民党と民主党はこの件に関しては積極的に歩み寄らなければだめですね。

篠原 二階さんは野田政権に対して一定の評価をしているようですね。今後、話が出来る政権だということですか。

二階 今野田さんがやっている間、自民党も協力できるところは協力してというようにやっていかないと。なんでもかんでも反対では昔の社会党がやっていたのと同じようになってしまう。

篠原 リーダーに必要なのは信頼と胆力だと思いますが、野田さんにはどれだけあるとお考えですか。

二階 最後は普天間ですよ。真剣勝負で交渉すべきです。

矢島 やはり、政治というのは、突き詰めると人と人の問題ということになる。「誠心誠意」気持ちを出してやっていくことが非常に大事と思いますね。

篠原 その通りだと思いますね。スズキの鈴木修会長が言われていましたが、会社のトップ同士同じで、最後はハートトゥハートだと。沖縄の問題も恐らく人間と人間の問題になるのだと思います。今回は、この危機の時代に、非常に実りあるお話が出来ました。ありがとうございます。

以上

二階俊博(にかいとしひろ)
衆議院議員。1939年2月17日生まれ。中央大学法学部卒業後、昭和50年から和歌山県議会議員を二期務め、昭和58年、衆議院議員初当選。運輸大臣、北海道開発庁長官、経済産業省大臣、自民党総務会長、国対委員長などの要職を歴任。現在、自由民主党の国土強靭化総合調査会会長。当選回数9回。


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